マドモワゼル。私はあなたの残した美しい手仕事を南フランスの蚤の市の片隅で 見つけました。古くて素っ気のない化粧箱が私を呼び止めたのです。箱を開けた時、私は瞬時に自分に与えられた仕事を確信しました。古物の孤独で果てのない潮流からあなたの作品を掬い上げるという仕事です。
箱の中には、百枚近くの植物標本が保管されていました。植物が自重で破損 しないよう、重なる標本紙の間には蛇腹に折られた紙が幾重にも挟まれていた。 保管環境の良さからか、あなたが植物の水分を丁寧に取り除いたままの姿で、色彩さえ彩度を完全には失っていませんでした。
あなたの押し花は精緻で美しい。まるで野に揺られる姿の余韻を逃さぬよう、躍 動の佇まいを記録しようと試みたことが伝わってきます。机にセットされた標本 紙、筆、インク瓶、小さく切り取られた留め紙、水のり、静かな手仕事に黙々と夢中になるあなたの姿を想像しています。
収集した草花を貼り付ける台紙のサイズもあなたのこだわりの一つのようです。紙は厚みを持たせ、基本的な標本紙よりも二回りほど小さい。台紙が小さければ植物の 余分な茎や葉を採取せずに済む。最小限の摘み取りの中で、絵画のような構図を 生み出すあなたの方法は、学術的な植物研究とは毛色が違うと感じます。あなたはサンプルを作るという意図とは別の意味で、この膨大な草花を採取したのではない でしょうか。
そこには重要なフィロソフィーの介在を感じています。品種の確認と形状の観察という無機質な用途とは別に、採取した場所やそこで過ごした一時への淡い執着、いわば日記のような印象さえ抱かせます。加えて、表紙のように装飾標本を箱の一番上に仕込んだことは、まるで見る者を物語へ導く役割を担っているようです。事実、草花は時を超え、今もこの世界で語りかけてきます。
あなた自身の詳しい歴史は残念ながら調べる手立てはありません。しかし限られた期間の有力な仮説は標本が示してくれています。私達はその余白の気圏において幾多の季節や風景を読み取ることができます。
マドモアゼル。絶え間なく流れる時間の中で、あなたの残した草花は未だ可憐 な姿のまま旅を続けています。
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