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気がつけば年末じゃないか。店に向かう通勤路も、聖橋を越すと黄色く染め上がった銀杏の葉が美しく落葉している。街路樹が湯島聖堂の紅葉と重なり一年で一番美しい景色だな、と思う。

 

 11月の前半も結構暖かくて、秋の喪失を心配するほどだった。夏がブライアン・ウィルソンの死を受け入れなかったのかもしれない。それならそれで仕方ない。


 やがて金木犀の香りが我々から夏のあれこれを忘れさせていった。腰の重い夏がようやく南半球に旅立った後、遠慮がちに秋が訪れた。この束の間、秋虫は大忙しだろう。そしてごく短い秋が急足で夏を追いかけていく。しかし、おそらく太平洋海上で消失するだろう。秋は儚いのだ。そして今冬。ここで冒頭の”気がつけば年末じゃないか”である。


 師走に入り、やり残したことに取り組みたい。その一つが10月に開催した”マリー・フィリップ”の冊子と展覧会の振り返りである。いつか形にできればと思っていた題材の一つを今年ようやく実現できた。まず、展覧会に来てくださった方々に改めて感謝したい。


この冊子の詳細は同封された解説書に詳しく記されているので触れないが、パリの蚤の市で見つけた姉弟のフォトアルバムを紐解くものだ。撮影された時代は1943年から1949年。それぞれ0歳からのごく短い記録が残されている。


姉のマリーアンジュ・テスツゥ(マリー・アンジュ・エミリエンヌ・ルテストゥ)は第二次世界大戦の最中、フランスのトゥールーズで産声を上げた。両親は戦時下でありながら限られたフィルムで彼女の記録を残している。


弟のフィリップは1946年に同じくトゥールーズで出生した。戦後の彼の記録は姉よりも多く残されている。それは物資の調達が少しづつ容易になったことを暗に証明している。


二つのアルバムを読み解くと、撮影者の両親の心象風景も読み解くことができる。大人である彼らは現実的な世界情勢を当然理解した上でファインダーから子供たちを見つめていたからだ。


そして、実際にマリー・アンジュのアルバムの中には両親の思いが秘められていた。それは冊子の中に詳しく記したので内容は省くが、展覧会に来てくださった方々や冊子を手にとってくださった方々の心におそらく最も作用した箇所でもあった、と想像している。



ー 何故僕はこんな展覧会をするのか?ー


”普段なら目につかない証言者たち、当事者が語ることを通じて歴史を知る。

そう、私が関心を寄せているのはそれだ。”


スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ著 戦争は女の顔をしていないより



この言葉を展覧会の上映フィルムで引用させていただいた。もちろん僕はジャーナリストじゃない。だから何か一つの事案に寄るルポルタージュは作れないし、検証もできない。一介の小さな古道具屋を商っているだけだ。けれどまがいなりに古道具を20年近く手にし見つめ続けて"世界のありようみたいなもの"に古物を通して触れてきたささやかな実感がある。それは人の営みに紛れた囁きのようなものかもしれない。


スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチさんが直に人の声を集め世界のあり方について思考するように、僕は古物から人間のあり方について思考する術を得たように思う。それは消え入りそうな物語に耳を澄ませることではないか、と思う。簡単に言えば。


 物語の効能は、一人で咀嚼し解釈してみて、自分の心がどのように成り立っていくのかを知る鍵になると思っている。それは便利な情報で得た知識とは違う肌触りのするものだと思う。


現在の世界は昔と変わらずに混迷している。一つ違うのは簡単に情報が手に入り、骨身に染みるほどの実感を得ることなく答えのようなものを見出しやすくなっていることだ。


たくさんの言葉がネット上で飛び交っている。それは実態のない安売りされたイデオロギーの雪合戦なのではないか。それはすぐに情報空間に溶けてしまうほどの価値しかないのではないか。言った本人すら忘れてしまうくらいに。僕はそう感じてしまうのだ。


物語は時間はかかるが立ち止まり深く思考に埋没して、そして答えは明確に言語化できないだろう。しかし私と言う人間を成り立たせる骨身の形成に深く寄与してくれるはずだ、と割と真剣に信じている。


このアルバムが秘めた物語が、誰かを立ち止まらせ思考の地平に一人立つ機会になってくれたらと、淡い期待を抱いている。


























 



 

 






 
 
 

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